『Growth: A History and a Reckoning』要約
ダニエル・サスキンド著『Growth: A History and a Reckoning』 は、経済成長の歴史、その測定方法、そして成長がもたらす倫理的、環境的、社会的な課題について深く掘り下げた書籍です。本書は、経済成長という概念がどのように生まれ、それが現代社会にどのような影響を与えているのかを多角的に考察しています。
第1部：成長の始まり
本書の第1部では、人類の歴史における経済成長の役割と、その始まりが探求されます。サスキンドは、人類の歴史の大部分において、生活水準が停滞していたことを指摘し、近代的な経済成長が始まったのは、わずか数百年前に過ぎないことを強調します。彼は、1800年以前の労働者の生存率、世界の1人当たりGDP、イギリスの平均寿命、人間の身長、イギリスの賃金と人口などのデータを用いて、歴史的な視点から成長の概念を考察します。著者は、Angus Maddison の1人当たりGDPのデータが、その信頼性について論争を呼んでいることを示唆しつつ、その上で、グローバルなGDPが1000年から1800年にかけて西ヨーロッパの成長によって実際に増加したことを認めています。
第2部：成長の約束
第2部では、成長がもたらす「約束」に焦点が当てられます。著者は、第二次世界大戦中にJohn Maynard Keynesが戦争経済の構築に貢献したこと、そしてGDPの概念がどのように生まれたかを解説します。また、アメリカにおける成長への関心が高まった1960年代の政治的背景 や、Paul Samuelson の教科書『Economics』でのソ連経済の追い抜き時期の予測の変化 を例に挙げ、成長が政治的な目標にもなりうることを示唆します。さらに、成長が貧困削減にどのように貢献してきたか、生活必需品の価格がどのように劇的に低下したか、そして、経済成長が人々の幸福度を向上させている可能性があることを、Richard Easterlin のパラドックスに反論しながら説明しています。
第3部：成長の代償
第3部では、成長がもたらす「代償」が議論されます。著者は、技術の進歩がもたらす政治的な影響、特にデジタル技術が私たちの自由、正義、民主主義に与える影響について考察します。また、成長を追求することによって、環境破壊や社会的不平等などの深刻な問題が生じていることを指摘し、これらの問題に対処する必要性を訴えます。
第4部：GDPの限界
第4部では、GDPという指標の限界が詳しく検証されます。著者は、GDPが市場生産のみを測定していること、非公式経済や環境破壊、その他の重要な価値を考慮に入れていないことを指摘します。また、GDPが技術的な問題だけでなく、道徳的な問題も抱えていることを示し、GDPを単なる経済指標としてではなく、より広い社会的な価値観の指標として捉えることへの懸念を表明しています。著者は、GDPを本来の目的に戻し、単なる市場生産の尺度として使用すべきだと提唱しています。
第5部：脱成長と新たな方向性
第5部では、経済成長に対する代替案が議論されます。著者は、Greta Thunberg のような脱成長運動の活動家たちの主張 や、Club of Rome の『The Limits to Growth』などの歴史的な事例を検討します。また、脱成長の考え方に対する批判、特に、脱成長が貧困を削減するための障壁になりうるという批判を考慮に入れます。さらに、著者自身の見解として、成長の量を問題にするだけでなく、成長の質も問題にすべきであり、環境に配慮した持続可能な技術の進歩を追求すべきだと主張しています。彼は、技術の進歩の方向性を変えることができること、また、政府が人々のインセンティブを形作ることで、より良い社会を築くことができると示唆します。
第6部：トレードオフ
第6部では、成長と他の重要な価値との間のトレードオフが議論されます。著者は、Arthur Okun の『Equality and Efficiency: The Big Tradeoff』 を参照しながら、成長と平等の間のトレードオフだけでなく、成長と環境、コミュニティ、政治システム、仕事の質などとの間のトレードオフについても検討します。彼は、これらのトレードオフを避けるのではなく、それらに正面から向き合い、価値観に関する難しい道徳的な問いに対処する必要があると主張します。
結論：未来への責任
結論として、サスキンドは、経済成長がもたらした大きな進歩を認めつつも、それがもたらした深刻な代償を認識することを促します。彼は、過去の進歩を無にしないようにしながら、未来の世代のために持続可能な社会を築くための責任を強調します。また、市民がより積極的に社会に参加し、未来の方向性を決める上で重要な役割を果たすべきだと主張します。
重要ポイント
- 経済成長は、人類の歴史において例外的な現象であり、過去数百年の間に劇的な変化をもたらした。
- GDPは、市場生産のみを測定する指標であり、社会的な価値観や環境への影響を十分に反映していない。
- 成長は、貧困削減、健康改善、教育水準の向上など、多くの社会的な恩恵をもたらしてきた。
- しかし、成長には、経済的不平等、環境破壊、社会的な分断などの深刻な代償も伴う。
- 脱成長は、成長の持続可能性を問う重要な議論であるが、現実的な解決策ではない。
- 成長の質を向上させ、環境に配慮した持続可能な技術を追求することが重要である。
- 成長と他の重要な価値との間のトレードオフに正面から向き合い、難しい道徳的な問いに対処する必要がある。
- 市民がより積極的に社会に参加し、未来の方向性を決める上で重要な役割を果たすべきである。
