北朝鮮経済の実態解明:崩壊と移行
著者:Byung-Yeon Kim(ソウル国立大学教授)
本書は、北朝鮮経済の包括的な分析を行った研究書です。著者は、北朝鮮難民へのアンケート調査や中国企業との取引データなど、新しいデータソースを活用して、これまで謎に包まれていた北朝鮮経済の実態に迫っています。
まず第1章では、社会主義経済システムの理論的枠組みを提示しています。社会主義経済は、国家所有制と中央計画経済を特徴としますが、インセンティブの問題や情報の非対称性により非効率が生じることを指摘しています。また、ソ連経済の崩壊過程を分析し、その教訓を示しています。
第2章では、北朝鮮経済の実態分析に焦点を当てています。1990年代以降の経済危機により、公式経済は機能不全に陥り、代わりに非公式経済(市場)が拡大していることを明らかにしています。著者らの調査によれば、家計収入の60-70%が非公式経済から得られており、消費支出の70%以上が市場で行われているとのことです。
また、企業部門でも市場化が進んでいます。「8.3労働者」と呼ばれる、企業に手数料を支払って市場活動に従事する労働者が全体の23%を占めています。企業の投入財調達や製品販売でも、計画外の市場取引が増加しています。
対外貿易では、中国への依存度が高まっており、2013年には輸出の76%、輸入の78%を中国が占めています。貿易ライセンス(waku)制度を通じて、軍や労働党など権力機関が貿易利権を独占する構造となっています。
第3章では、北朝鮮経済の将来的な市場経済への移行について論じています。急進的な移行と段階的な移行の2つのシナリオを検討し、それぞれの課題を分析しています。また、南北統一に向けた経済統合のプロセスについても詳しく論じています。
重要なポイント:
北朝鮮経済は公式経済が機能不全に陥り、非公式経済(市場)が実質的な経済活動の中心となっている
家計収入の60-70%が非公式経済から得られ、消費支出の70%以上が市場で行われている
企業部門でも市場化が進展し、「8.3労働者」など計画外の経済活動が拡大
対外貿易は中国への依存度が極めて高く、権力機関が貿易利権を独占
将来の市場経済への移行には、急進的移行と段階的移行の2つのシナリオがあり得る
非公式経済の拡大は体制の安定性を脅かす可能性があるが、現時点で体制崩壊のリスクは高くない
南北統一に向けては、段階的な経済統合プロセスが望ましい
本書は、これまで謎に包まれていた北朝鮮経済の実態を、新しいデータに基づいて体系的に分析した画期的な研究といえます。特に、非公式経済の実態や、企業・貿易部門の市場化の進展について、具体的なデータを示しながら説得力のある分析を行っている点が高く評価されます。