静かすぎる都市 - 武漢封鎖76日間の記録
書籍情報
- 書籍名:Deadly Quiet City (静かすぎる都市)
- 著者:Murong Xuecun (慕容雪村)
- 出版年:2022年
要約
本書は、2020年1月23日から4月8日までの76日間にわたる武漢市の封鎖期間中、8人の市民の体験を克明に記録したルポルタージュである。著者は危険を冒して武漢に潜入し、医療従事者、清掃員、タクシー運転手、活動家など様々な立場の人々から証言を集めた。
医療現場の実態
林清川医師の証言は、初期対応の遅れと情報隠蔽の実態を明らかにする。2019年11月中旬から発熱患者が急増し、12月には新型のウイルスの存在が判明していたにもかかわらず、当局は「人から人への感染はない」と主張し続けた。医療従事者は適切な防護具もないまま感染者の治療にあたることを強いられ、多くの医師・看護師が感染した。
封鎖下の市民生活
清掃員の金鳳は、新型コロナウイルスに感染した夫の謝邦璽の入院治療を求めて奔走するが、病院のベッドは満杯で、近隣委員会からの支援も得られず、最終的に夫は死亡する。この経験は、医療システムの崩壊と官僚主義の弊害を如実に示している。
市民ジャーナリストの活動と弾圧
張展は、武漢の実態を記録・発信しようとした市民ジャーナリストの一人である。彼女は病院や火葬場を取材し、当局の発表する死者数の信憑性に疑問を投げかけた。その結果、「騒動を起こし、トラブルを煽った」という罪で逮捕され、4年の実刑判決を受けた。
家族の喪失と悲しみ
楊敏は、乳がん治療中の一人娘の田雨曦が病院で新型コロナウイルスに感染し死亡した母親である。彼女は娘の死の真相究明を求めて当局に抗議するが、監視と圧力にさらされる。この事例は、多くの遺族が真実を求めながらも、当局によって沈黙を強いられている実態を示している。
情報統制と監視体制
当局は、SNSの検閲、市民の監視、批判的な声の弾圧を通じて、情報を徹底的にコントロールした。感染者数や死者数の操作、医療関係者への口止め、市民ジャーナリストの拘束など、様々な手段で真実を隠蔽しようとした。
当局の対応
政府は「安定維持」を最優先し、感染拡大の初期段階で適切な対応を取らなかった。その後も、封鎖政策の強行や、市民への「感謝教育」の実施など、人々の苦痛や怒りに対する配慮を欠いた対応を続けた。
本書の意義
本書は、新型コロナウイルスの発生源となった武漢市の封鎖期間中の実態を、市民の視点から描き出した貴重な記録である。著者は、中国当局による情報統制と人権侵害を告発しながら、苦難の中で助け合い、真実を求めて声を上げ続けた市民たちの姿を丹念に描き出している。
武漢での経験は、パンデミック対策における情報公開の重要性、市民の権利と自由の保護、医療システムの整備の必要性など、多くの教訓を提供している。また、危機に際して権威主義体制がいかに市民社会を抑圧するかを示す警鐘としても読むことができる。