「魔法の国アメリカ」- 非合理が分断する民主主義の未来
「Enchanted America: How Intuition and Reason Divide Our Politics」(J. Eric Oliver & Thomas J. Wood著) を読んで、現代アメリカの政治的分断の本質が見えてきました。
私たちは、アメリカを世界で最も科学技術が発達した国の一つとして捉えがちです。しかし実際には、国民の大多数が超自然的な信念や陰謀論を信じている「魔法の国」でもあるのです。著者らの調査によると、アメリカ人の約8割が神の存在を信じ、約4割が霊や超能力の存在を信じています。さらに、約半数が何らかの陰謀論を信じているといいます。
このような非合理的な信念は、単なる個人的な好みの問題ではありません。著者らは、これがアメリカの政治的分断の根底にあると指摘します。彼らは、人々の世界観を「直感主義者(Intuitionist)」と「理性主義者(Rationalist)」という2つのタイプに分類しました。
直感主義者は、感情や直感を重視し、科学的説明よりも象徴的な説明を好みます。不安や恐れに敏感で、単純な二分法的思考をする傾向があります。学歴が低く、経済的ストレスを抱えている人が多く、保守的なキリスト教信仰を持つ傾向が強いことも特徴です。
一方、理性主義者は科学的な証拠や論理的思考を重視します。より高学歴で、経済的に安定している傾向があり、宗教的でないかリベラルな宗教観を持っています。複雑な説明を受け入れることができ、グレーゾーンの存在を認められます。
著者らは独自の「直感主義スケール」を開発し、これが様々な政治的態度を予測する強力な指標となることを発見しました。直感主義者は、陰謀論を信じやすく、ワクチンやGMO食品に懐疑的で、移民に対して否定的な態度を示し、権威主義的な指導者を支持する傾向があります。
特に注目すべきは、この世界観の違いが近年の政治的両極化と重なっていることです。保守派・共和党支持者には直感主義者が多く、リベラル派・民主党支持者には理性主義者が多くなっています。2016年のドナルド・トランプの大統領選勝利は、この直感主義的世界観が保守派の中で主流になったことを示す象徴的な出来事でした。
トランプは、複雑な政策的説明を避け、単純な二分法や感情的なレトリックを多用しました。移民を「犯罪者」として描き、エリートを敵視し、陰謀論を積極的に取り入れる手法は、直感主義者の世界観と完全に一致していたのです。
著者らは、この分断が民主主義にとって深刻な脅威となりうると警告します。なぜなら、直感主義者は妥協や多様性を受け入れにくく、反対意見に不寛容で、複雑な政策議論を避ける傾向があるためです。民主主義は、異なる意見を持つ人々の間の対話と妥協を前提としています。しかし、世界の見方が根本的に異なる人々の間では、そのような対話自体が困難になってしまうのです。
しかし、著者らは必ずしも悲観的な結論に至っているわけではありません。彼らは解決策として、理性主義者が直感主義者の「言語」で語ることの重要性を指摘します。例えば、気候変動問題を、地球規模の抽象的な問題としてではなく、地域の環境汚染という具体的な形で語ることで、より多くの人々の理解を得られる可能性があります。
また、直感主義的な思考様式は必ずしも否定的なものではありません。それは人類に進化の過程で備わった、素早い判断を可能にする能力でもあるのです。重要なのは、その限界を理解しつつ、より合理的な思考とのバランスを取ることでしょう。
本書は、アメリカの政治的分断を単なるイデオロギーの対立ではなく、より根本的な世界観の違いとして捉え直す重要な視座を提供しています。そして、この分断を乗り越えるためには、相手の思考様式を理解し、それに合わせたコミュニケーションを図る必要があることを示唆しているのです。
重要ポイント: